2018年5月30日【第121回】危機対応のはずが危機を増幅させた広報対応

  もはや「日大アメフト劇場」と呼ばれかねないほど、連日、テレビ・新聞・ウェブサイトをにぎわせ続けている日大アメフト部のタックル問題。この1週間でもっとも大きな話題を提供したのは、5月23日に行われた内田前監督と井上前コーチの記者会見で司会を務めた米倉久邦氏だった。経緯や内容については省くが、会見当事者を食ってしまうという前代未聞の司会ぶりだったのだから、日大としては火に油どころか、油を注いで爆破物を投げ込んだような結果となってしまった。「場外乱闘」が、問題の本筋であるはずの悪質タックルを霞ませるほどの凄まじかった。

  米倉氏は早大大学院を卒業後、共同通信社に入って米国・ワシントン特派員や経済部長を歴任したいわばエリート記者のキャリアをもつ。だからといってマスコミ対応ができるかというと、決してそんなことはない。共同通信入社が1968年というから、大手紙、通信社、NHKの報道記者が花形だった時代の人である。時代を跋扈(ばっこ)するというか、とにかく報道記者は「エライお方」と世間で目されていた時代だ。といっても人間的にエライかどうかは別の問題。突き詰めれば「エラそうな態度」で仕事をする人たちを指す場合が多かったのだが。

 ブンヤさんならなんでも許された時代を、そのまま50年後の2018年に再現してしまった――というのが本当のところだったのであろう。致命的だったのは現在のマスコミ事情や報道前線の現状を、ほとんど勉強も調査もせずに今のいままで過ごしてきたことなのではないか。加えて、報道対応を軸とする「広報」という仕事のなんたるかもまるで分かっていなかったはずだ。

 だれもがあ然とする司会進行を務めた米倉氏とは対照的な人もいた。関西学院大学アメフト部でディレクターという立場に立つ小野宏氏、である。きわめて冷静で理路整然と言葉を紡ぎ、聞いている人にとにかく分かりやすく説明しようといった思いがいつも伝わってくる。クールな対応はときとして冷たい印象を与えることもあったかもしれないが、冷静さがまず第一に求められる会見ばかりだったのだから、小野氏の姿勢は間違っていない。ちなみに小野氏は1984年から朝日新聞社の記者だった経歴をもつ。大手マスコミ出身といってもいろいろな人がいるようで……。

 日大アメフト劇場は、まだまだ最終局面が見えない状況である。